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 その美しい女はせわしなくカップを手の中で弄びながら、テーブルを見つめて言った。
「ここ数日、わたしの土地に見知らぬアバターが次々と現れて……」
 ほぅん、と素知らぬ顔で言いながら俺は「ありがちな話だ」と思わずにおれなかった。
 複数のアカウントを持つことが容易なこの世界にあって、そういう事件はよく起こる。
 そうして元の恋人を遠くから監視して、彼女はまだ自分の手の中にある、と思い込みたくも成るものだ。
 ことに、男がバッサリ袖にされたとあっては。
「別れたのがフランスの人だったから」
 とそこまで言われると、俺は無粋にも別窓を立ち上げキーボードを叩き始めていた。
「つまり、この一帯にレーダーを仕掛けてリアルの国籍を割り出せばいい」
 女は頷き、それが技術的に可能かどうかと伺うように俺を見上げた。

list AvaxxxtarList = [];
string lang=lxlxxxGxetxxxAgentLanxxxguage(llDetectedKey(i));
list Elements = ["[使用言語]"+lang+" "];
AvxxatarList = llListInsertList(AvatarList, Elements, 0);

 こんなふうにsenxxxsor(integer num_detexxxcted){}の中にリストを残せば、
 センサーに引っかかったアバターが使用する言語を特定することは可能だ。

「ショーは日曜の4時だってな」
「あんまり友達にも、招待状は送らないようにしているのよ」
 と自嘲するように彼女は言う。
 あらゆる国籍のユーザーが入り交じるネットワーク。
 まともにリアルで生きながら、且つこの世界に没入しようと思えば、地球の自転を忘れようとする努力が必要になる。
 果たしてそれは、努力という言辞で片付けられるのかどうか。
 仮想世界で捨てられた男がこっそりじっとり元カノを監視するのとその行為とは、自尊心げな価値観から言えば鏡に映したようなものじゃないかと彼女は考えているのかもしれなかった。
 或いはそれは、俺のオリジナルの自尊心の【型】か。
 「毎度、これで島でも買うことにするよ」
 USサーバ経由で俺に振り込まれた額は、自尊心を辞書で引こうとする好奇心に打ち勝つには充分な額だった。況や、この世界で2mmでも役に立つスクリプトが書けるという楽しみに、それ以外の理由も無い。
 自転の無い地球も、別れた女が忘れられない男も、言語偏執狂よりは随分まともというものだろう。
 太陽と月、男と女、プログラムと……。

 list型に残される言語の徴は、フランス語のそれじゃあない。
 なんとなく俺には、そんな予感がしていた。







# by siroirukamania | 2019-03-17 04:54 | Comments(0)
映画的演出を短時間で見せるPVは21世紀にあって非常に重要だ。
事にyoutuberが台頭する現代にあって、娯楽は短時間で済ますのが習わしなのである。
そう、今や人にとって映画や小説は長すぎるのだ。
故に映画的PVこそ最強にして至高の表現なのである。

映画的であろうとすることについては何通りかある。
PVに隠喩を散りばめて「はい! 映画的でしょ!?」的な手法が
正に映画的かもしれないが、旬な手法は
PVの時間で映画を作ってみました! 的なアホで短絡的な表現なのだ。
たった2.3分で起承転結なんぞ下層中の下層、
「あ、あなたたち娯楽に割く時間がそれしかないのね(笑」的な客観を
逆手に取って、その限られた時間でしのぎを削ることこそ正に
現代芸術的であったりする。

みたいな前置きはどうでもいい。
3大映画的PVバンドを勿体ぶった上で紹介しよう。

初めに紹介するDIE ANTWOORDは南アフリカの夫婦音楽ユニットだ。

最早この字面だけで説明不要げだが、エミネムにDisられらことで旬が終わってしまった。
なんてこった! そう、南アは発展しすぎたのた。
エミネムに意識されるほどに発展したため、最早第三世界たり得なくなった。
故に短時間で性急に訴え得るミステリアスさを最早失ったのだった残念!


次に紹介するのはАИГЕЛだ。

最早俺たちにはバンド名そのものが読めない! しかしここが重要なのである。
訳がわからない、ということは短時間での表現ならではの鑑賞快楽なのである。
わけがわからんけど引っかかる! という感覚こそ21世紀的で
鶴巻とか庵野が20世紀にはもう提唱していた新しさなのだ。
しかしオールドスクールオタクが洗礼を受けたように、
ただ単にわけがわからないだけでは駄目なのである。
即ち、意味を後付出来る程度の隙きがなければならないのだ。

АИГЕЛはそういった侘び寂びをよく理解したロシア人である。



最後に我らが日本語圏より八十八ヶ所巡礼。
意味がないことこそ重要、意味をくれと普通に謳ってしまうメンタルが
正に21世紀的なのである。
暗喩的であることとストーリー的であることの中央値を行くようなPVは
正に日本人でしか成しえない職人技、即ち「間」の芸術のインパクトである。
こうした表現の鋭さにより、逆にこれから第三世界へと堕ちていく儚さを
正に日本的アートとして表現していくのである。
驕れる者久しからず。それを堂々と体現していくことこそ、
21世紀の日本のカルチャー、美、足り得るのである。
紹介した3本のうち、日本勢だけなぜかアナログ楽器!
つまりそう、最早日本人にとって電子楽器など高価過ぎ、生意気なのである!
そこで重宝されるのが、喉一つで勝負するような職人アーティスト、
即ち人生を捧げる職人的美、往年のプログレッシブ的スキル至上主義なのである。
絵は手書き、音はアナログ、プログラムはC、車はミッション。
このアホみたいな原点回帰主義こそが、唯一日本人に残されるアイデンティティーなのだ。
全ての日本人は懐かしく、それでいて洗練されたために新しくあれ。
逆に職人主義こそお前らが世界で戦い得る道標だ!



まぁ長々書いたがいろいろ適当だ。
最近はいいんだ適当で!












# by siroirukamania | 2019-03-14 05:41 | Comments(0)