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THE NEW WAVE

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 件のゲイニンについては、はっきり言ってどうでもいい。
 もし法的に見てマズいとしても、ゲイニンだし「ふぅん」としか思わない。
 ワイドショウの中の出来事だし、会見すら見てない。

 しかし、俺の怒りレベルはさっきまで、マックスである56億7千万Bg(単位はブチギレール)にほど近い56億6千9百万Bgにまで達していた。危なかった。

 なぜそんなに怒りゲージが上がってしまったかというと、ツイ民があまりにクソいからである。
 いやTLは全然そんなことなかった。「話題のtweet」みたいなのを見ていて、とある有名人のこんな論調がのっていたのを目にして、俺の怒りゲージはグン! みたいな感じで跳ね上がった。

 その論調というのは、こうである。曰く、

 親というものにもプライドがあるから、
 子供に養ってもらおう、などと思えない人もいる

 
 だからわたしは、そういう親を立派だと思うし、税金で養っても宜しかろう、というのである。


 はぁ?


 と思った。
 ところが恐らく最近webに侵入してきたばかりと思しきツイ民は、この言葉に感銘を受け、そうだそうだと喝采を浴びせるのである。


 しまった。馬鹿が増えたな。


 と今更気付いた。
 大体、「あたしにもプライドがあるから子供に養われたくない」っつーのは単なるそいつのワガママで、それを押し通したいが為に税金を頂くっつーの? それはおかしぃだろ……。と通常なら2秒で気付くところである。ところがこの奇特な人達は、まったく気付かないどころかおよそドヤ顔と思しきいきおいでRTしまくっている。

 念のためもう一度言っておく。
 芸人個人の問題はどうでもいい。
 この言説に現れている「親子観」が稚拙でどうしようもないのだ。


 つーかよぉ。
 例えば、俺のオヤジはばーちゃんに生活費全部渡してやってた。
 ばーちゃんはじーちゃんと離婚しちゃってたから、じーちゃんは俺らの家に、ばーちゃんはアパートに、みたいな微妙な関係だったのを憶えてる。
 でも俺とオヤジがばーちゃんのアパートに遊びに行くと、ふふふと笑いながら「小遣いくれんかー」とか言ってた。

 で、twitterで親のプライドがどうこう抜かしてたクソは、きっと俺のばーちゃんのそんな姿を見て、プライドが無ぇとか抜かすんだろうな、多分。

 上等じゃねぇかこの野郎。


 あのなぁ。
 ばーちゃんだって自活できねーで恥ずかしくねぇわきゃねぇんだよ。もっと立派に生活して見せて、蓄えがあって、悠々自適な老後のプランを練ってたのかもしれねぇよ。
 けどそれが実現できなかったから仕方なく息子を頼って、それで「小遣いおくれなフフフ」って孫である俺をも前にして笑って見せてたんだぞ?



 テメーには
 これがどれだけ
 偉大なことか
 分からねーのか?



 分からねーなら死ねよ。



 あともうひとつ、目に付いた論調がある。
 「親孝行が道徳的だなんて、時代錯誤が過ぎる。今時」みてーなの。いや学生さんが言ってるならいいよ。普通のおっさんがこれ書いてんだよw びっくりした。
 お前それ、老いさらばえた両親に面と向かって(キリッ 口調で言ってみろよ。お年寄りは身体も乾いちまって、もう涙も出ねぇかもしれねぇ。笑ってみせるかもしれねーよ。


 けど心で泣いてっから。


 それも上等っつーんで、お前が親不孝かっこいい説、利己主義こそ合理的説を唱えるのならいいよ。見上げたもんだ。世の中そうして合理的になって、だんだん息苦しい感じになってくんだろうよ。
 で、テメーはその息苦しさにこそ気持ちよさを憶えるのかもしれねぇよ。そりゃだって、テメーのわがまま押し通してそういう行動に至ってんだからさ。ただし、もし俺の所までテメーの利己主義のしわ寄せがきたら、
テメーの息の根止めるまでこっちも利己的に生きてやるから覚悟しとけよこの野郎。












# by siroirukamania | 2012-05-26 00:14 | どうでもいいコト | Trackback | Comments(0)
The Indifference Engine (ハヤカワ文庫JA)
The Indifference Engine (ハヤカワ文庫JA)


 亡くなってから勝手に短編を編集されて出版されるとゆーのは、ちょっとナンカなぁ。と思ってたけど、読んでみてやっぱりありがてーなと思いました。

 長編を書く前に、同じ着想で短編サイズの物を書いてみる、というか、主題を変えずに短編から長編へと厚みを増していく手法みたいなのをいくらか読む事が出来ます。


 自分がもっとも衝撃を受けたのは、007シリーズを題材にしたFrom the Nothing,With Loveです。
 まずもって同人的な発想から始って、ここまで面白い物が書けるんだな~、という衝撃がありました。それと多分、イーガン的だから気に入ったんだと思います。意識に対するイーガン的アプローチと言いましょうか。
 もっとも伊藤氏はイーガンうんぬんと言うより、イーガンと肩を並べて書いていけるであろう感性というか、ギブスン以来の多くのSF的意識へのアプローチを精読している様子ですから、決してイーガンのパクりにはなっていないのです。
 つまりイーガン好きが「イーガンみてーなの書きてーな」と思って書いちゃうと、こういう風にはならないと思う。伊藤氏はハーモニーに至るまで自由意志について掘り下げて書いています(または読んでいる)から、読後に世界が変わっている、と錯覚できるほど読み応えがあります。いやつーか、もしかハーモニーの構想自体、この短編から起こしたのかも?
 とにかくこの物量の少なさで、且つリーダービリティの高さを保ちつつ内容を盛るという手腕は本当にすごいと思いました(実は巻頭に漫画版がちょこっとのっているので、その分補強されてはいますが)。



 表題短編に関するインタビューをgoogleで捕捉することが出来ます。
 http://www.sf-fantasy.com/magazine/interview/071101.shtml

 あと007の新作が今年公開されるみたいですね。
 この俳優を見ると、既にミカエルしか思い出せなくなってる……。
 





 しかしやっぱりSFはいいなぁ。
 人間は器官なのか、そうでないのか、伊藤氏は結局どう考えていたんだろうか。
 しかしヒトというよりも、やっぱり社会「人間の総意」みたいなものの行く末が、ひどく灰色に見えるのでした。







# by siroirukamania | 2012-05-25 05:27 | 小説レビュー | Trackback | Comments(0)
 仕事しすぎて寝ぼけてる。
 だから寝ぼけたことをもしかしたら言ってるのかも知れない。内容が保障できない。
 けど気になったから書いちゃう。

 ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士 上
ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士 上

 まだ読みかけで、電子版(上下巻合版)での表示は16%とある。
 面白く読んでたけど、ある点が気になって素直に面白く読めなくなってしまった。
 どの辺が気になったかというと、

 ミカエルの行動原理が少しだけクソい。

 いや彼の正義感、というべきかもしれない。

 つかまず、まったくミレニアムの内容について知らない人の為に簡単な基礎知識を説明しておく。
 主人公はミカエルというジャーナリストで、不倫関係にあるおばちゃんと一緒に、そこで週間文春みたいな記事を書いている。
 で、小説であるからして、ただのジャーナリストに終わるわけでもなく、取材に行った事件を端からバンバン自分で解決していく。
 で、そんなことをしているうちに天才ハカーのパンク少女と出会い、セックスする。のちに喧嘩をし、「やれやれ」みたいな感じで別の事件に巻き込まれる。けど少女のことが気になってしかたない。勿論お互いにね☆

 みたいな感じ。


 かいつまんで言うと。
 で、気になったのは、このミカエルおじさんが事件を解決していくときに、めちゃめちゃブレまくっているところ。
 例えばミカエルは探偵型の主人公なので、当然毎回ラストは悪漢がムショにブチこまれたり、鉛玉をブチ込まれて死んだりしてハッピーエンド、とうことになる。
 で、仲間のハカー少女が悪漢に抵抗して誤認逮捕とかされたときに「正当防衛じゃまいか!」みたいな事を言って、常識人らしいそれらしい態度で怒る。
 ところがこのおっさんは一筋縄でいかないおっさんで、警察のことを信用していないが為、というか、「刑事なんかより俺の方がデキる男だ」という信念に基づき、大事な証拠を現場から勝手に持ち去ったり、いざ証言が必要と言うときに限って、「いやそれはプライバシーに関わる事ですから(キリッ」みたいいなことを真顔で言う。
 
 俺はここでちょっと思う。

 汚職した企業を告発したり、少女買春しているポリスを告発したり、つまりミカエルは「法という観点から見た」悪漢の非道っぷりに憤り、彼らの正体を白日の下に晒してみんなでやっつけよう! みたいなことそしているのに、なぜ「法側にいるマッポ」にはやたら非協力的っつーか、捜査妨害までしてそれを正当化してんだよ。と。

 つまり、「このひと法律に違反してますよー!」と言いたいが為に、自らが法を犯している、というあからさまな矛盾が生じているのだ。


 いやそれでも、1巻2巻はまだよかったんだ。
 弱い女の子を守る為、というお題目がまずあって、それを実現するために法を破ったりジャーナリズムに反する行動をとったりして、ミカエルはそのたびに苦しんでいた。「俺はこんなことをしていいのか?」とか、「天才ハカーとはいえ、20コくらい下の貧乳娘とセクースしていいのか?」とか、いちいち悩んでいた。そういう姿に見るに付け、なるほどこのおっさんなかなかかっこいーじゃねーのと思っていた。

 だが3巻に来ると、いきなりむちゃくちゃ調子に乗って、ガンガン法を破りまくるのだ。
 つか、そうさせるために、間抜けで意地の悪い警察官を出し過ぎ。
 いやもしかしたら、実は本当にスゥェーデンのマッポはこれくらい馬鹿なのかも知れない。っていうか日本の警察も初動捜査でミスりまくって迷宮入りしちゃった事件とかけっこうある。

 だからと言ってしかし、「みんなー! この人達法律的におかしいことしてますよー!」をしたいが為に、貴様が法律を犯していいのか? と問わずにはおれない。


 別に俺は、法を守らない奴はクズ、的なことが言いたいわけではない。
 ただこのミカエルはなんか嫌なのだ。生理的に。
 大体、己の手を極力汚さない、みたいなとこが駄目。「裁判所で会おう」的な事を言って、結局悪漢を殺したりはしない。ぶち殺したりぶん殴ったりするのは、いつも天才ハカーリスベットちゃんの方なのだ。
 言うなればそう、このおっさんはハーレム型で、最後に「こんな悪い人をみつけましたー!」をしたいが為に……いやもうなんか、繰り返しになっちゃうからアレだけど。眠いし。


 つまり、正義感というのは人それぞれで、エンターテイメントな筋書きでは、「自分自身の正義」を貫く主人公こそが、魅力的だったりすると思うのだけど、ミカエルの場合なんか「法律がガー法律ガー」と言いまくってて、どうもその正義感の構築自体が他人任せなのだ。そう、ミカエルには自分で築き上げた価値観というものが、まるでないように見える。




 同じような法律重視型の主人公でも、俺たちの少佐は違った。
攻殻機動隊 (1) KCデラックス
攻殻機動隊 (1) KCデラックス

 少佐の場合、少佐自身が正義であるので若干チートかもしれないが、まず己の手をガンガン汚しまくる。っていうか悪漢を発見した直後にはもう引き金を引いている。決して「ぼくは人間であるから、裁きはそれなりのところにたくす!」みたいな眠たいことは言わない。


 更に少佐の場合、法律を破った者は例え弱者や被害者であろうとも説教を喰らわせる。
 ゴーストダビングをしていた企業の暗躍を暴くために現場に潜入した少佐は、そこで犯罪が起こっていることを告発する為にサイボーグを暴走させたかわいい女の子に向かって「お前らサイボーグが暴走して人に迷惑かかるって思わなかったんかい!?」といきなり説教する。
 決して「あなたたちのお陰で悪い奴をつかまえることができたわ」みたいな建前は言わない。
 更に、少年達に過酷な労働を課している福祉事業所に潜入しその悪事を暴いた際にも、「よかったぁお姉さんのお陰で助かりました」みたいな事を言うガキに向かって、「マトモな生活がしたけりゃ福祉なんざあてにしてねぇで泥食ってでも自活しろクソガキ」と説教する。

 まったくブレていない。

 そして俺は、これこそが正義だと思う。

 大衆や女子供に媚びるミカエルとは違い、あくまで少佐は己が己に課した正義を貫き、それを他人にも平等に強要する。なぜ強要できるかと言えば、その正義を信じ切れるほどに、正義について突き詰めて考えまくったからだと思う。決っして一朝一夕ででっち上げた価値観でなく、自ら構築し、無駄なものを極限まで削った恐ろしくスマートな「価値観」を持っている少佐だからこそ、それが許されるのだ。許されるというか、見ていて納得がいく。
 (別に「法」が判断基準である必要性は感じていないので、誤解無きよう願いたい)




 「ブレる」という言葉の語源には、こんな逸話がある。

近年、特に政治の世界でよく使われる「ぶれる」「ブレる」という言い方は、2005年11月20日に「情熱大陸」(毎日放送)に出演した矢沢が、若い29才の頃の自分のインタビュー映像を見せられ、感想を聞かれて、「いや、この人..僕は今これ、矢沢が言ってると思って聞かないでください。このビデオを見たあるプロデューサーが言ったとしたらね。そりゃぁ、この人あなた、サクセスしますよ。だって、ブレてないもん、全然ブレてない」[2]と言ったのを見た明石家さんまが、これを面白がってテレビで「ぶれる」「ブレる」と連発し急激に広まったもの。[要出典]

 矢沢永吉-WikiPedia-より



つまり何が言いたいかっていうと、ブレた主人公ではサクセスできないってこと。
ミレニアムという小説はサクセスしまくってるし、作者ももう故人なので、悪く言っても意味がない。
けれど、10年後には忘れられてるサクセスだと俺は思う。




 だって俺には見えるもの。
 少佐と永ちゃんに説教されてるミカエルが。





# by siroirukamania | 2012-05-24 00:49 | アニメレビュー | Trackback | Comments(0)
 少し迷うけど、自分の仕事について書く
 (つっても、少々俺の仕事について知っている人でないと、読んでも意味が分からないと思うから、まぁスルーしてよいと思う)

 今は3店舗くらい掛け持って動いているけども、一番長い時間やりとりしている店が、むちゃくちゃ気に入っている。何が気に入っているかというと困るんだけども、今日少しその原因に思い当たるところがあって、それで書く事にした。

 ずばり言うと、なんか90年代風味なのだ。90年代風味ってどんなんだよ、と聞かれると困るけども、常連さん顔ぶれとか、或いは従業員様や店舗そのものの雰囲気がそう思わせるのかも知れない。
 なんか懐かしく感じるし、ここで働いている時間は異常に充実して感じる。創作のアイディアもなんか思いつく。ってゆーか、プロットの90%はここで働きながら手の開いたときに考えていたりする。
 んや非常に曖昧な概念でもって「90年代風」と言ってしまっているけれども、この話を聞いたら納得してもらえるかもしれない。

 とゆーのは、我々の業界では顧客の金を一時的に預かる営業スタイルがあって、けっこう一般的だったりする。つってもそれは営業のオマケみたいなモノで、利用する客というのは普通あんましいない。
 ところがこの店舗では驚くべきことに、非常に多額のお金を預けている人がいる。10万、20万はザラ。中には70万とか100万とか預けているお客さんもいたりする。

 初めてデータを見させてもらったときはぶっ飛んだ。

 つーか、桁を見間違えたのかと思った。ほとんどの常連さんが、10万を超える額を預けたままなのだ。つーか7年業界にいるけど未だに他でこんな状況は見たことがない。
 一般客目線で見られる人がこの数字を見たら、きっと唖然とするはずだ。はっきり言って、そこまで預けられるほどサービスしているとは思えないし、ここまで計画的に店とやりとりできる状況というのは全国でも珍しいと思う。

 要するにそれは、信頼なのだろーなと思う。

 お店に対する信頼がハンパ無いのだ。
 無論一定の金額を業界全体で保障するという仕組みもあるのだけど、はっきりいって常連さんはそんな仕組みや法律のことなんか知らないと思う。
 ただこの店が好きで、長年通っていてそこそこ付き合えると考えているからこそ、100万とかを余裕で預けられるのだと思う。

 で。
 俺が感じた90年代的感覚も、実はそこにこそあるんじゃなかろーかと思いついた。
 昨今売り手と買い手、店と客の関係というのは非常に淡泊で、お互いに信頼関係なんぞ皆無であることが少なくない。
 俺お客様、俺店員様。
 店員は客の都合なんざ知ったこっちゃないし、客もまた店員の都合なんざ知ったこっちゃない、とゆー状態。それはなんつーか一面ビジネスライクで、現代的で、めちゃくちゃ合理的な気もするし、お互い疑り深いとゆー点においてリテラシーも高い。
 ところが俺が社会に出始めたというか、世間の厳しさをガンガン全身で浴び始めた90年代というのは、まだギリギリ人情みたいなものがあった。超大袈裟に言えば、まず擬似的にでも信頼関係を築いてからでないと、何事も始らない。
 それは商売に限らず、友人や、男女関係もそうだし、あらゆる人間関係においてそーだった気がする。


 だから、そんな感覚を肌身で感じられる、或いは金銭的なデータとして見られるこの店は、俺の脳内の何かを呼び覚ましてくれるのだと思う。


 そんな店で今日もふむふむぼんやりといろいろ考えていられる時間があって、スマホもまさぐりながら、こんなtweetを目にした。


 かわんご ‏@kawango38(他意はなくハンドルまま引用する)
 この問題は僕にとっても大きなテーマ。 / “ぼくのインターネットは為す術がありません。 - Web錯誤” http://htn.to/wYdk4p



 実際にリンクを開いてみると、ネットユーザーの予言めいたグチのようなものが書かれている。
 読んだとき実はう○こをしていたのだけど、「なるほど的を射てるなぁ」と唸らされた。文才もある(もしかすっと俺よりある)し、論理的にまとまっているようにも思える。
 つか実際、芸能人のアメブロとか俺自身ファックだ。


 ところがよくよく考えてみると、首を傾げるところもある。
 確かに今あるニコ動やpixivやtwitterとゆーのは、無名の創作者が好き勝手に活躍するための、実用的で素敵なステージだと心底思う。
 しかしもっと根本的に考えて、そもそも表現というやつは自己顕示欲だけで支えられるものなのだろうか、という自問に行き当たる。


 結果から言って、リアルソースでは誰も聞いてくれないから、ネットで自分語りをして、かまってもらえました、というスタイルは、誰にとっても不完全な(結局燻って終わるだけの)表現だと思える。


 その理由は、単なる自分の経験則から、としか言いようがないのだが。
 
 自分はいつも、誰かの為に創作や表現をしてきた。
 驚かせたいとか、笑わせたいとか、それに対する対価を得られるかどうかはともかく、そのリアクションが欲しいが為に表現をしてきたに過ぎない。
 勿論芸人が「笑いを盗る」と表現するように、そのリアクションの渦に浸かって、自己陶酔に浸ることも重要だけれども、まずもって受け手の満足がなければ、それは成り立たないことだと思う。
 その感覚は、主にライブハウスのステージで、もっと原初的な話をすると、小学生の時の演劇で覚えた感覚だったりするのだけど。


 例えば、俺の大好きな脚本家の榎戸洋司は、「すべての創作はラブレターであるべき」と言っている。
 宮崎駿は、誰か具体的な子供が喜ぶところを想像して、アニメを作っているそうだ。
 菅野よう子は、CM音楽作家としての第一歩を自己表現で出発して、その失敗に気付いて、以降頑なに自己顕示欲を否定している。

 どれも、俺にはまったく納得いく話のように思える。
 そうでなければ、何も作れないからだ。


 ニコニコ動画や、その他多くのアップロードエンターテイメントサイトでは、そのよーな志に則った、優れた作品が地獄の様な勢いである。
 ところが他方、自己顕示欲丸出しで、その全裸感こそがネットエンターテインメントの神髄であると言うものもいる。後者の価値観については、自分は懐疑的だ。「否定的」ではない理由は、後で書く)。


 そうしてかわんご ‏@kawango38さんは、以下のtweetを、先ほどのtweetの直後に書き込んでいる。

 現実に阻害された人が避難した場所がたまたま楽園だったら、まあ、いずれ取り合いになって奪われそうになるのは、しょうがない。戦って勝てないならどう折り合いをつけるか。


 川上量生さんはネットについて俺の2500倍くらい普段から考えているので、この言葉は字数×1000くらいの意味合いが込められた、非常に奥の深い言葉だと思われるけれども、 自分はニコ動運営が描く「ユーザー像」が少し心配だ。
 つーのは、さっき書いたような、非自己顕示対自己顕示という切り口で見た場合に、自己顕示的な表現だけに価値を見出してしまいそうに見えて、そうなってしまうと、いわゆるβ時代的価値観が失われてしまうように思える。


 β時代の素敵だったところは、「俺の考えた~」が、異常に面白かったところだと思う。
 まったく無名のユーザーが、発想一発で持って行く、正に一発芸的動画芸。β時代に限らず、例えば初音ミクについても、自分はコレまで見た中でIevan Polkkaが一番好きだ。
 それって要するに素人が考えた、とゆー意外感に支えられていた気もするのだけど、実はもっとも重要なところは、ユーザーがユーザーのことを考えて作っていた、というかユーザーを喜ばせるためにユーザーが作っていた、というところだったんではないかな、と思う。


 確かに件のリンク先の方が言うように、例えば最近のボカロはプロ臭が漂って若干かわいげがない。
 ところが冷静に考えてみるに、ある文化が世の中に浸透して行くに連れて洗練されていくのは必然で、むしろ喜ぶべきことでもある。
 だから例えば、超一流のコンポーザーが乗り込んできてボカロをプロデュースしてみても、別にいいと思う。
ただ問題なのは、そのコンポーザーが誰であれ、ネットやニコ動のことが少しでも好きでないと駄目なんじゃないかな、ということ。
 つまり、創作のクオリティや面白さだけに目を捕らわれていると、そこには落とし穴があるんじゃないかな、とちょっと思う。ユーザー対ユーザー、いわゆる同好の士が集って場を形成していかないと、ネットエンターテイメントならではのおもしろさ、というのは色褪せてしまうのではないかな、と。


 それは別の言い方をすれば、創作者と受け手の相互信頼が瓦解してしまう、ということだと思う。

 だって、ユーザーがユーザーのことを考えずに、「わたしが有名になりたいから」とか、「わたしが楽しみたいから」とかいう理由を念頭に置いて作られたコンテンツばかりになってしまえば、見る者も溜息仕切りとなってしまうんではなかろうか? 自己顕示欲「だけ」のステージなんて、学芸会みたいなもので、リアルな知り合い以外は誰も見たくないんじゃないかと思う。




 ところが。


 と、ここまでだらだら書いておいて、前言をまるまる撤回する。
 実は菅野よう子の価値が俺の中でマックス神レベルにまで達したのは、あのタナソニの自己顕示欲むき出しの学芸会チックなステージを見た瞬間だった。
 「わたしが考えた菅野よう子的菅野よう子」がそこにあって、封印された「菅野よう子でござい」がむき出し(見た人は分かると思うけど、あのMOONで喉が渇いて若干ゲホりそうになってたよう子ちゃんのムキムキむき出し感と言ったらありませぬ!)になったときに、想像を絶する異空間がそこに出現したのだ。
 むしろ片一方から歌いっぱなしの女の子菅野よう子がそこにいた。
 しかし、美しかった。
 だから自己顕示欲そのものは、完全に否定できない。
 というか、ブチ切れレベルにまで達した自己顕示欲は禁じ手的に小出しにすればむちゃくちゃ有効な表現手法だ(つまりキマるのが激レアだが入ってしまえば破壊力と爽快感がハンパないエアリアルコンボのようなもので)。
 ただしそこにはいつも、死んでもいいレベルの覚悟がなければならないと思う。
 本当かどうか知らんが、菅野よう子は取っ払いペイが出来なければ家を売る覚悟だったそうだ。
 独身の女が2つの耳だけで稼いで打っ建てた家を売る、というのがどのくらいの覚悟が必要な行動か想像してみる価値はあると思う。




 そんなことを頭の片隅で感じつつ、ニコ動に何を上げるべきか明日も職場で考えるものである。


 本当は、具体的な「伝えたい誰か」がいれば、いーんだけど。生憎……。











# by siroirukamania | 2012-05-23 00:51 | どうでもいいコト | Trackback | Comments(0)
 前回のエントリーで「道具に頼る奴は馬鹿」みたいな事書きました。



 うん。
 俺VOCALOID3買ったよ。



 
 なんかもうマメグいじりたくてしょうがねーし。
 それで、またいろいろと職場にイヤホンまで持ち込んで(これもその為に買った)ニコニコ漁りまくってたんですけど。これは先週の話。よくよく考えてみるとバンドサウンドは皆メロコアっすよね。ボカロ界隈。そりゃーメロが強くて疾走するビートになれば、必然メロコアっぽくなります。ほんで、サビだけはキャッチーに改造してる感じ。
 ちょいとそれ界隈で凄い人のを貼っておきます。


 まずはLast Note.先輩

 うーん。mixも慣れたもんだし、つーかPVもかわいいし。つーかギターの中西さんってMarco先輩のブロリーのときに弾いてた人だよね。はっきり言うけど、初号機先生よりか250倍うめぇ。でもいいや。俺はBass以外全部独りでやるんだもん。



 次はbuzzG先輩



こりゃメロコアじゃないけど、supercell先輩の系譜に則った感じだよね。つまり明るくキャッチィなメロで老若男女惹き付けて放さない。「泣ける」なんてコメもなんか多いです。




 最後にゆちゃ先輩


 他と比べるとシンセの組み込みが多いけど、やっぱしメロコアって感じかな。青春っぽいメロ+勢いで聞いてる方もはっちゃけるって感じ。



 で、こうしていろいろ見てみると、みんな明るくって思わず元気になっちゃうような曲が多い。
 よし、じゃー俺もってんで、明るく、楽しい、皆がわいわい出来るような曲を作ろう! と思って作りました!
 ↓これです!
【新しい仮トラック】


 











なんでですの……orz
 なんで明るく楽しい曲作ろうっつってんのにこんなSlipKnotがベルサイユ宮殿に乱入してえらいことになったみたいな様式美メタルになってんだよっ!!!

 いや、いろいろ悩んだんですよ。実際。
 実はGUMI用に歌詞入りでかわいいのを一曲録ってみたんですけど、全然こーーーなんか、やってて面白くもなんともないんスよね……。
 あの……創作で困ったときにいつも相談にのってくれる隊長っ人がいるんですけど、「当たりそうなのやって上手くいかねーならお得意の切れ芸でやればいんじゃね(笑)」って言ってて、まー見事そのとおりになったっつーか。つまりまあ、強い歌メロ作ろうと思ったらたまたま得意分野が様式美だったとゆー(豚笑)まーそういうバンドやってたわけだしね……。


 つかまぁ、これまだ仮の1コーラスだけだし、シンセとかかぶせきってないしフィルもいい加減なので、参考程度と思って下さい。
 重要なのは妖精帝國先輩みたいな歌メロで、足回りがラウドなサウンドってところ。妖精帝國先輩のやつだと、わりかしこー打ち込みが強くてギターはおまけみたいな感じじゃないですか? で、昨今はやってるD以下のバッキングをあーいうのにそのままブチ込んだら面白いんじゃないかって。まぁ最早初音ミクがどうとか完全に見失ってますけど(再豚笑)。


 で、没にしたやつを作ってたときに思ったんですけど、歌詞入れるとだいーぶ感じが違うもんっスね……。だいたいボーカロイドは同じ音の連続発音に不向きですから、ラララだと余計に無機質に感じます。
 ほんでようやっとカンを取り戻してきたってゆーか、普通歌詞の尺、もしくは語句でメロって激しく変わりますよねw なんで、仮トラをアホみたいに量産するよりは、歌詞までがっちり書いてそこから辻褄合わせていった方がよさげです。なんたってミクさんグミちゃんが主役なんだしね。



 しかしまあ、コレ系のラウドな音って弾くのがやっぱ大変……。録ってみれば分かると思うんだけど、コード感からかなり乖離した音を低音で押すときって、音のツブ立ち=ピッキングのタイミング がちょっとでもズレると曲自体がグシャーって崩れるから、今の録音の感じだとかなりまずいw バスドラのフィルをかっちり固めて、そこに前ノリでザクザク合わせていかないと駄目です。
 つーかベースもそうなわけで、こりゃいよいよ俺の手に負えない感じなんでやっぱBASSに関しては上ちゃんに頼るしかない。
 けど今更様式美なんつったら嫌がるだろうな~……(笑)
 もう笑うしかない。

 あそう。思ったんだけど、マヴF書いてたときの、ナッチのバンドの音に近いかなぁ。イメージとしては。
 歌詞考えよう……。
 みんな引き続きひっそり応援してねw






# by siroirukamania | 2012-05-20 13:29 | MIRAGE-WAVE初音ミクproje | Trackback | Comments(0)
サイバラバード・デイズ (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
サイバラバード・デイズ (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 人工知能が政治外交の役割を果たす、という設定で、近年最も垢抜けていたのはやっぱり「漢字が読める」だったと個人的に思う。
 もっともあの小説では「アイコン」としての描写しかなかったので、(個人としての)人間以外の何かしら、という想像しかできないし、そうした想像を喚起させるところがまた上手いところだと思うんですが。


 イアン・マクドナルドも同じようにロマンティックで、ファンタジーを喚起させるSF設定、というのが上手い。あまりにロマンティックで少々古くさいと見る向きもあるようだけど、……うーん。まぁ、変形ロボが出てくる辺り、やっぱりハード派の人は「くだらねぇ」と思うのかも知れませんが。自分は好きです。

 2047年のインドを舞台に描かれる短編集です。
 そこにはAIがいて、仮想空間があって、白人とそうでない人が住んでいて、しかしカーストの名残もあったりする。そういうハイテクとローテクのコントラストが面白いわけですが、この人の真骨頂はやっぱり少女趣味だと思うんですよね。いやどっちかっつーとハーレクインか。

 女の子一人称視点のSFをおっさんが書くわけですから、それなりに無理があります。けどなんていうのかな……そういう半ばちょっと日本のオタが好みそうなことを外人が嬉々としてやってるのが面白いんですよね。「なるほどこのおっさん、エスカフローネとかきっと大好きなんだろうな」のような……んー? いやもしかすると、マンスフィールドのように、チェーホフ的な女の子観がそうさせるのかもしれないけど。(それなら前時代的、という揶揄もそれなりに的を射てるかも)


 ですからライトノベルのSFを読んでいて、少々物足りないなーと感じている人が読むにはちょうど良いかもしれません。AIと結婚する女の子のお話、近未来の「女神」クリシュナになった女の子のお話、とか。
 インドの風俗についても面白く書かれているので、そういう点で見てもコスパ高いです。
 キラキラ光る青春もの、という意識が高く、個人的にもう少しだけ太々しさが欲しかったかも知れない。皆なんか、聞き分けがいーんですよね。悪者がいない。
 ま、少女的視点で「悪」を書いてしまったところで、若さに固執してしまうことだとか、贅沢を愛してしまうだとか、そーいうなんか微妙なとこにしかいかないっスからね。
 その点やっぱ、メンヘラを打った斬って見せる小野主上や、リアル丁稚娘が雇い主の子供をぶち殺して正当化してみせる、みたいなチェーホフは格が違った。
 実はそれが成り立つことこそがオールドスクールなのかもしれません。道徳なんてーものは今日日、若者から見向きもされませんし。萌え萌えの女の子を守るとき以外に、或いは自分の権利を振りかざすとき以外に、正義が顔を出す必要なんて無いという。
 んー、いい時代になったもんだ……。
 ま、食うためにパーティーを組んでいくときになって、初めてちょっと価値観が変わってくるのかも。「僕にやれないことをやってくれる人がいる」そういう状況が前提の個人主義ですから。



 あー、あと新ハヤカワの装丁好きです。タマネギみたいな色の紙は最初ビビりましたけど……。ビニールカバーがついてるのが、なんかディックっぽい。しかしそろそろ紙媒体でSFってのも滑稽な感じがしてくるかなぁ。逆に全ページ文字以外透明なビニール製(片面印刷)だったらぶっ飛んだかもしれん。そしたら週末の独身OLみたいに風呂でも読めるしね。






# by siroirukamania | 2012-05-17 08:03 | 小説レビュー | Trackback | Comments(0)
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